死の世界には厳しい掟がありました。私たちが死を恐れるのも、無意識にこの掟の存在を感じ取っているからかもしれません。
イナンナが門へ急ぐとアヌンナキたちにつかまりました。
「このまま帰ることはできません。イナンナさん、あなたがここを出て行くなら、身代わりをよこしなさい」
アヌンナキたちは裁判官です。イナンナに下された判決は自分が生き返る代わりに誰かを一人選んで死の世界に送ること。つまり、自分のために誰かを殺さなくてはなりません。
「通りすがりの人を適当に選べばいいじゃん!」とはいきません。かといって、知っている人の中から選ぶわけにもいかない。考えれば考えるほど苦しくなる選択です。
地上に戻れたものの、イナンナはガルラ霊と呼ばれる見張り番たちに取り囲まれ、監視されておりました。それでも、イナンナの忠実な従者は女神の帰還を大喜びしました。
生き返ったイナンナを見るとニンシュブルは安堵して、汚れた喪服姿で足元にひれ伏しました。ガルラ霊たちはイナンナに「あなたは町に帰りなさい。身代わりに、この女を連れて行くから」と言いました。
従者は喜んで身代わりになるかもしれません。その心を知っているイナンナは、こう言います。
「この女はよい従者です。言いつけに従い、私のために泣き、太鼓を叩き、神々に助けを求めてくれました」と言って断りました。
一度冥界に下った自分の命を救ってくれた恩がある。そう考えると、日々の暮らしを支えてくれている他の人々にも同じように恩がありますよね。
ガルラ霊たちはあと二人、イナンナの従者に目をつけましたが、イナンナは同じようにして彼らを守りました。
あの人もだめ、この人もだめ。選べないまま歩き続けたイナンナは、ついに家に帰りついてしまいます。
ついにイナンナは夫ドゥムジの宮殿に来ました。かつてドゥムジは素朴な羊飼いでしたが、イナンナが彼を気に入って夫にしたのです。いまやドゥムジは立派な衣に身を包み、イナンナの死を悲しむ様子もなく玉座で微笑んでいました。
・・・ドゥムジ、それはあかんやろ?!
イナンナは誰を選ぶのでしょうか? 次回に続きます。