新しい自分の作り方

BHSバーバラブレナンヒーリングサイエンス認定プラクティショナー/シカ・マッケンジーのブログ

儀式終了

いよいよクモ隊隊員を土に還す儀式です。アルミホイルの中に、セージの葉と一緒に包んだ隊員の遺灰を両手に包み、正座。見送る歌は平沢進さんの『庭師King』にしました(これは前にも記事に書いた曲。偶然、今日のフジロックでラストの曲として演奏されていたようです。ファンとしても感無量です)。

 

ヒーリングセッションの時のようにオーラを整えて曲を流し終えると、私はアルミホイルを持ったまま、外に出ました。複雑な心境でした。だいたい、クモというのは、人間が干渉すると絶対にじっとしていません。死骸になって動かないでいるから、こうして外に連れ出せるのです。

 

満月を探して道を歩きました。そうだ、駅前まで行って、いつもの散歩コースを一周しよう。あのバラ園も見せてあげたい。こんなふうに、私は毎日、ずっと歩いていたんだよ……心の中でそう語りかけながら、私は愕然としました。

 

 

――こんなにも、私は孤独だったんだ。

 

 

私は物言わぬクモを毎日見上げ、自分の存在を見てもらっているかのような気持ちでいたのです。家から出ないでリモートの仕事を続けて1年半。その時期とちょうど重なるようにして、この隊員は存在していました。

 

 

――私のことを、知ってもらいたい。

 

 

ブログを書くのだって、そういう動機があるからに違いありません。誰かが何も言わずに、ただ"目撃"し続けてくれているであろうことが、私の生きる力になっている。

 

 

現れては消える徘徊型のアダンソン隊員と違い、ずっと同じ位置で動かずにいた謎のクモ隊員は、私と"見る―見られる"という関係にありました。玄関にそんなモノがいたら美観を損なう、という考えも最初はありましたが、来客もまったくない一年半でしたから、好きなだけいてもらおうと決めたのです。それは知らず知らずのうちに、私が自分の存在を確かめるための鏡のような存在にもなっていた。

 

 

いつもの交差点を曲がろうとした時、ひよこ隊が現れて両脇を支えてくれました。彼らは「しっかり」とだけ言うと消えました。

 

 

隊員が生きていた頃は玄関を入ったところに糸を張っていましたから、さしずめ営門警備といった役どころでしょう。これからはマンションの外の共有入り口で、警備をしてもらおう。

 

 

植木の根元に遺灰を撒きました。来年の春にはツツジが咲きます。