新しい世界に進み始めた私を、再び驚愕の出来事が襲いました。玄関に駐屯していたクモ隊の隊員が突如、姿を消したのです。
この隊員はここ1年半ほど、その場所にいました。網を張ったまま、そこで生きているのかどうかもわからず悩みましたが、近くで歯磨きをするとハブラシの音に反応し、かすかに回転し始めることがわかり、生存が確認できたのでした。
いつも定位置にいてくれる存在は、なんと心強いものでしょう。ハブラシの音に反応するのは威嚇行為ではないかと思い、近づくのを控えましたが、どうしても歯磨きのたびに見に行ってしまいます。
そして昨夜。
夜の歯磨きの時には、やはり足を動かして左右に揺れているのが確認できました。リビングルームに戻ってメールをチェックして、40分ほど経ってから、再度見に行くと。
――姿が消えている。さっきまでいたのに!
私はショックを受け、かよわい声で「くもたい……? くもたい……?」と呼びかけました。死亡したのであれば死骸が落ちているはずです。しかし、死骸はない。私は茫然とし、隊員がいないパラレルワールドに自分がワープしたのかとさえ思いました。自分の存在意識を揺るがすほどの衝撃です。
――移動した?! 一年半も定位置から動かなかったのに?
後でもう一度、入念に周囲を捜索しますが、死亡したのではなさそうです。とすれば移動。もう一つの可能性は、最近新しくやってきたオスのアダンソンハエトリに食べられたかもしれないことです。しかし、他にも餌が豊富にあるエリアで、アダンソン隊員が壁から離れて宙に浮く別の隊員にわざわざ飛びつくことは考えにくい。これまで両者は共存していました。とすれば、
――最近、玄関エリアに駐屯し始めたアダンソン隊員がうざくなり、古参の隊員が移動した
すみません、こんな話題を。しかし、いつのまにか現れては消える彼らの件は、ここ数年、クモ隊を観察してきて非常に味わい深いものなのです。愛着がわくから、いなくなれば悲しいし、寂しい。でも、勝手にここに入ってきたのだから、出ていく時も勝手にさせる。死ぬ時は死なせる。死骸が見つかれば弔う。私は「お母さんは知りませんよ。あなたたちは賢いのだから、勝手にしなさい」と心の中でつぶやくのです。けっしてネグレクトではない言い方で。
(↑『クモのイト』買いました。実は、著者の教授は私の幼馴染です)