ウェブで動画をいろいろ探していて、こんな曲があるのを知りました。1984年の竹内まりやさんの『プラスティック・ラブ』。今聴くとアレンジがなんともおしゃれというか、懐かしい感じがします↓
しかし、もの悲しい。なんだろう、この悲しさは? 私もかつて持っていた悲しみのようです。歌詞を調べてみました。
突然のキスや熱いまなざしで
恋のプログラムを狂わせないでね
出会いと別れ上手に打ち込んで
時間がくれば終わる Don't worry hurry!
……恋愛はひとときの遊びであり、永続的な人間関係ではない。それでいいのだ、心配するな! 急ぐな(←それ以上近づいてくるな)!という(ごめんなさい、歌詞、訂正です)。なぜなら、
私のことをけっして本気で愛さないで
恋なんてただのゲーム 楽しめればそれでいいの
閉ざした心を飾る 派手なドレスも靴も 孤独な友達
私を誘う人は 皮肉なものね いつも彼に似てるわ
…何を言っているのでしょうか、この人は!? 本当は愛されたいと望んでいるはずなのに。悲しい。悲しすぎる。そして、この人を誘う「彼たち」もまた、愛されることを望んでいない。なのに、ものすごく寂しそうです。
ひよこ隊ならここで「だいにちゃくらが ぶろっく されている!」と指摘するでしょう。性的な生命エネルギーを表すのは第2チャクラです。ここがブロックされると自分を愛せず、人を愛することもできず、満たされないまま刹那的な関係を続けます。
しかし、これが当時の世相全体を包む無意識的な空気だったこともまた、事実でしょう。1984年といえばバブル経済の少し前。日本社会がクレイジーな好景気に向かう反面、物憂げでけだるい雰囲気を指す「アンニュイ」という言葉が流行し、女子大生は長い髪をかきあげ、メンソールの煙草を吸うという、恐ろしく不健康な時代。
1984年の曲、アンニュイといえばこれも↓
私が今このPVを拝見するに「なぜこの人は一人でクネクネしているのだろう?」としか思えませんが、実は、私も世代的にどストライクなんです。このアンニュイの呪縛は刻印のように私の中に残っています。BBSHではよくダンスの時間がありましたが、踊っていて自分でも「あぁ、孤独に身体をくねらせてしまう…」と自覚がありました。
世代に共通する「傷」ってあるんだな、と思います。なぜか今日、思い出しました。この激動の2020年を生きるので精一杯で、忘れていたけれど、世代まるごと「ずばぁ」しないといけないですね。今の50代、60代です。